今話題の本である『FACTFULNESS』を読んだのでそのレビューをしたいと思います。
感想として一言で言うなら評判どおりでしたね。良くも悪くも。
ここではあえてまず批判的に書きたいと思います。
本書の要旨としては、データに基づいてみれば世界はどんどん良くなっているんだよ!正しいデータの見方を手に入れよう!
みたいな感じなんだろうけどその前提からして自分の肌には合わなかった。
全体を通してハラリが『ホモ・デウス』で語っていた「データ至上主義」という言葉が想起された。
一番明確に違和感を覚えた部分を紹介します。
本書の中で紹介された「世界で減り続けている16の悪いこと」の項目の1つに死刑制度を採用している国の数というものがあった。
それを見て正直に思ったことを言うと「死刑制度は悪いことなの?」だった。
犯罪抑止効果とか遺族の気持ちとか考えたら一概に死刑制度が悪いとは言い切れないじゃあないか。
こう思うのは未だに「悪い」死刑制度が採用されている日本に住んでいるせいかもしれない。
他にも本書は世界を1日当たりの所得に応じて4つのグループに分けていた。
レベル1の人は2ドル以下
レベル2の人は2~8ドル
レベル3の人は8~32ドル
レベル4の人は32ドル以上
といった具合に(多分これを読む人はレベル4でしょう)
でもそもそもこういう風に分類するのってどうなんだろうか?
思想家の内田樹は格差社会は拝金主義であるみたいなことを言っている。
格差社会って何だろう - 内田樹の研究室
お金があれば幸福なのか。レベル4の人はレベル1の人と何が違うのか。
確かにレベル4の人とレベル1の人は生活様式が大きく違う。
捻れば出る水をわざわざ遠くまで汲みに行かないといけないし、十分な医療が受けられず平均寿命も短い。
でもそれで僕らが「お金がないばかりに可哀そう…」なんて思うのは少し傲慢じゃないかと。お金を全能化し過ぎているんじゃないかと。
まあ我ながら少し穿った見方過ぎだし、もちろん自分も普段はお金が欲しい人間ですよ。お金があれば大体の楽しいことはできるし、嫌なことも回避できるようになることがほとんどだ。
それでも人類を総体として捉えて「世界が良くなっている」というなら本当に所得という観点から見るのが相応しいのか、というかどう「データ」を集めるべきなのかみたいな話が聞きたかった。
実際本書ではあくまでも「データ」と「データの見方」しか紹介していない。
「レベル4の人は平均寿命が長くて、レベル1の平均寿命が短い」
こういう感じのを淡々と述べているだけだ。
ただ自分としては結局のところ「データ」は「データ」に過ぎなくて、それを解釈するのは恣意的な部分になってしまうんじゃないか。
本書の副題として「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」とあるけれど、世界を「正しく」見ようとする態度こそが「歪んだ」態度なんじゃないかとすら思ってしまう。
要するに「データ」は分かった。でもそれで本当に世界が良くなっていると言えるかはまた別問題でありちゃんと検討すべきではないか?ということ
自分の意見は無理やり噛みついているに過ぎないというのは分かっているけれど。
多分根底にある思想が合わなかったのだろう。
とはいえ☆5のところが☆4ぐらいのところ。
普通に良書だと思ったけれど、どうしても突っかかる場所があったからそこを抽出しただけです。
紹介されている10の本能は自身の心を制御するうえで有用だと感じたし、純粋に知らなかった世界を知れた。
内容も平易で具体例が豊富なので分厚いけれどサクッと読み切れる程度の内容です。
世界はどうなってしまうんだぁー!とか不安に駆られている方、世界の今をサクッと知りたい方にお勧めです。