徒然日記

徒然なるままに書いていきます 固めのものからゆるい日常まで書きたいものを

「分類」とは何か ~醜いアヒルの子の定理~

突然ですが問題です!

 「似ている」とは、「分類する」とはなんでしょう?

問いが抽象的過ぎたので、具体的に問うと「アヒル」「白鳥」「ミサイル」の中で似ているものを客観的に選んで、その理由を考えてみてください。

 

 

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 考えましたか? 

多分「アヒル」と「白鳥」が一番良く似ているって考えるんじゃあないんでしょうか。

両方とも生きてるし、なんなら生物的な違いも正直良く分からない。

しかしそれは、我々があくまでも「主観」に囚われているからであるということを「醜いアヒルの子の定理」を題材にして示し、その意味を考えていきたいと思います。

 

 

 

醜いアヒルの子の定理の概要

醜いアヒルの子定理」とは理論物理学者の渡辺慧さんが示したもので、その概要は

任意の異なる二つの概念は、他の任意の異なる二つの概念と同じ度合いの類似度を持っている

 

最初の例で言うならば「アヒルと白鳥の似ている度合い」と「アヒルとミサイルの似ている度合い」は同じぐらいということ。

「アヒル」と「白鳥」は似ているし、「アヒル」と「ミサイル」は似てないだろ と思うことでしょうのでこれからどうして「似ている」のかを概略的に説明していきます。

 

 まずは「飛べる」「生き物」という観点で類似度を考えていきましょう。

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 この図で言うと

ミサイルは「飛べる」が「生き物」ではないのでα1に該当し、白鳥は「飛べる」し「生き物」なのでα2に該当し、アヒルは「飛べる」ではないが「生き物」なのでα3に該当します。

 

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ここで説明を楽にするために1つ用語を取り入れます。

  「分類可能な最小領域」をアトム(集合素)として、類似度の判定はアトムをもちいます。α1~4までのアトムがありますが、そのうちどの一つに該当しているかということを「1位の該当要素」とします。同様に「どの2つのアトムの複合に該当しているか」を「2位の該当要素」とします。

つまり1位の該当要素の候補はα1~4の4つあり、ミサイルの1位の該当要素はα1となります。

2位の該当要素としてはα1とα2の複合領域(α1α2)、α1とα3の複合領域(α1α3)、α1とα4の複合領域(α1α4)の3つです。

というような考え方で該当要素を書き出して共通している部分を持ってして2つの類似度を計測できるというわけです。

 

というわけで最初の議論に立ち戻り「アヒルと白鳥の類似度」と「アヒルとミサイルの類似度」を比較してみましょう。

 

以下が、アヒルと白鳥の類似度を調べたものです。

  

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2位の共通要素が1つ、3位の共通要素が2つ、4位の共通要素が1つですね。

 

 では続きまして、ヒルとミサイルの類似度を調べてみましょう。

 

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2位の共通要素が1つ、3位の共通要素が2つ、4位の共通要素が1つですね。

 

 というわけで「アヒルと白鳥の類似度」と「アヒルとミサイルの類似度」は等しいことが示せました。

そういう例を持ってきただけでしょ?という話ではなくて「醜いアヒルの子の定理」は

任意の異なる二つの概念は、他の任意の異なる二つの概念と同じ度合いの類似度を持っているという定理です。比較する対象が何になろうと、類似度の調査に用いる要素に何を使っても揺るぐことはありません。細かい証明はあとでやることにしてここからはその意義を語っていきたいと思います。

 

醜いアヒルの子の定理がもたらす意味

 これを使えば

「俺と阿部寛」って「阿部寛とローマ人」ぐらい似てる~~

って堂々と言えるようになります。

 

テルマエ・ロマエ

テルマエ・ロマエ

 

いやどう考えても「阿部寛」と「ローマ人」は似てるし、「俺」と「阿部寛」は似てない。 

 

まあそんなことより大事なことは

真に客観的な視点というものは存在せず、主観を排することができない ですね。

醜いアヒルの子の定理のどこがおかしいって「要素全てを同等に扱っている」ことですよね。日常生活においては「生きている」を「飛べる」より重要視したりする「価値基準」が入り込んでいるわけです。

つまり人間は純粋な論理でいえば本来「分類」は出来ないはずですが、「何が重要であり、何が重要でないか」ということを決定することで、重要な要素を抽出して「分類」ができるということです。

ということは人間は何かを判断するうえでは常に何らかのバイアスに囚われているとも言えるでしょう。むしろその偏りが程々にあるからこそ「意見」というものは有意であるのです。

「分類」をするということは自分が何を重要視しているという世界観の表明に他なりませんです。

裏をかいたことを格言っぽく言うなら

全てを見ようとすることは何もみないことと同じ

でしょうか。

 

逆に言えば「分類」という営みを通して「何を重視しているか」を知ることが出来ます。

アメリカ人と日本人という分類はどのように行われているのか?とか

自分が就職したいと思った企業と就職したいとは思えなかった企業の分類は?

好きな食べ物と嫌いな食べ物の分類は?

 

などなど「分類」ないし判断の場面は大小問わず多くあります。

そういった問から自分でも気づけなかった思想の構造を浮かび上がらせることが出来るやもしれません。

 

そしてこれは思想的側面だけでなく工学的にも非常に有意義な定理です。

この定理が発見される以前は認識と価値を分離したものとして考えていましたが、この定理によって

特徴を抽出することはどの特徴を重視するかを決定することに他ならないと明らかになり、コンピューターの機械学習の進歩にも貢献しています。

この定理により,対象のある側面を重視し他を無視する という主観的規準なくしては,分類などの判断はコンピュータも人間もできない.また,特徴選択や次元削減など,一部の特徴を特に重視する操作が機械学習にとって本質的であることをこの定理は示唆している.

変わりゆく機械学習と変わらない機械学習(https://www.jps.or.jp/books/gakkaishi/2019/01/74-01seriesAIphys2.pdf)より

 

またこの定理を発見した渡辺彗さんの著書「認識とパタン」のはしがきを最後に添えたいと思います。

一方では、ギリシャ以来の伝統的哲学の中の一つの中心的課題である不変者に関する論争に関連させながら、他方では、最近発達したコンピューターを用いるいわゆるパタン認識という技術がいかに可能になるかという問題を解明したいと思います。(中略)もしも、理科に興味のある読者が、平素小馬鹿にしている哲学にも学ぶべき多くの発想の泉のあることに気づかれ、また、文科に興味のある読者が、新しい科学・技術と交流することにより哲学が生々と若返り得ることに気づかれるならば私は満足です。

 

 

醜いアヒルの子の定理の証明

 細かい計算は飛ばしますが、証明のアウトラインだけを示していきます。(詳しく知りたい人は参考文献を参照)

 

今回の例では分類に用いる要素として「生き物」と「飛べる」を用いましたが、もう一つ勘案してみましょう。なんでもいいです。「阿部寛が好き」でもいいんです。

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 するとアトムは8個になります。このように分類に用いる要素(factor)をfとするとアトムnの個数は2^fとなります。

 

ここで1位のアトムが異なる場合を考えます。片方の1位のアトムをαxもう片方をαyとでもしましょう。

当然1位の共通要素はありません。

2位の共通要素はαxαy の1つですね。

3位の共通要素はαx・αy以外の中から1つ選んでαx∪αy∪選んだ1つ とすればいいのでアトムが全部でn個あるとしたらnー2個だけありますね。

組み合わせで言えば

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4位の共通要素はαx∪αy∪選んだ1つ に加えてさらに1つ選べばいいので組み合わせの数は 

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というようにやっていくと以下のような式が成り立ちます

 

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したがってn個のアトムがある時、共通要素は2^n-2 になるということです。

 

 今回の例において簡単にするために二つでしか分類していなかったけれど、「飛べる生き物」なんてものは蝶も蝉もいるわけでそれらを区別するには多くのアトムが必要になります。そして同語反復的ではありますが

区別できる=1位のアトムが異なる なので必ず

区別できている任意の2つの概念の類似度は2^n-2 となるという訳です。

 

我々はこの世界にある多くの物体・概念を膨大な分類要素をもって区別していますが、分類要素の重要性をすべて同一視するとそもそも分類なんてものは不可能になる ということです。

 結果として

任意の異なる二つの概念は、他の任意の異なる二つの概念と同じ度合いの類似度を持っている

などという一見間違っている定理が成り立つのです。

 

参考文献

ポケット図解 構造主義がよ~くわかる本 (Shuwasystem Beginner’s Guide Book)

ポケット図解 構造主義がよ~くわかる本 (Shuwasystem Beginner’s Guide Book)

 

 今回の定理が示したことをことを拡大すると人間は無意識のうちに持っている「構造」のようなものがあり、思考は常に社会制度や文化などの「構造」に囚われているということです。この考えが構造主義の基礎です。そこの部分を更に深めたいときにお勧めの本。醜いアヒルの子の定理もこの本で知りました。

 

 

認識とパタン (1978年) (岩波新書)

認識とパタン (1978年) (岩波新書)

 

 醜いアヒルの子の定理を発見した渡辺慧さんの本。

分類のより理論的な部分を知りたい方にお勧めの本です。発売日の通り内容としては現代では基礎となっている部分です。

 

現代貨幣理論(MMT)を理解する為に②

 

cobaltic.hatenablog.com

 この記事で国が市場に貨幣を流通させる方法を説明すると言ってたけどすっかり忘れてたので遅ればせながら説明を。

 

が市場に貨幣を流通させる貨幣創造のプロセスについて詳しく説明したいと思います。

 

 まずここでは登場人物は三つ

普通の銀行と日本銀行(政府の銀行)と民間(市場)です。

ここで日本銀行の役割を確認すると以下の三つ。

(1)発券銀行、(2)銀行の銀行、(3)政府の銀行

日本銀行の役割:日本銀行は「銀行にとっての銀行」である

(1)の役割はここではあまり関係ないですが読んで字のごとく、貨幣を発行する役割です。

 

(2)の役割について。たくさんの人が銀行にお金を預けていますが、銀行にそれと同量の紙幣・貨幣があるわけではありません。あくまで通帳の数字上の操作だけでお金のやり取りが出来てしまうので。

しかしもし仮に銀行にお金を預けているたくさんの人が、お金をおろそうとした場合にはそれに対応しなければならず、その時の為に金融機関(銀行)は顧客からの預金の一定割合を日本銀行に預け入れています(準備預金制度)。

これが日本銀行当座預金であり、日本銀行が取引先の金融機関等から受け入れている当座預金のことです。「日銀当座預金」、「日銀当預」などと呼ばれることもあります。

日本銀行当座預金とは何ですか? 利息は付きますか? : 日本銀行 Bank of Japan

そのほかにも日銀や金融機関同士の送金の際にも利用されますが今回の話では

日銀当座預金とは銀行が日銀に預けているお金 

日銀当座預金は銀行と日銀がやり取りする際に使う口座

この二点だけ確認できればオッケーです。

銀行は日銀当座預金を国民や企業に貸すことはできませんが、政府には国債を購入することで貸し付ける可能です。

ちなみに各金融機関は準備預金を超えた部分の預金を企業への融資にあてるため、日銀当座預金が潤沢であれば、市場に出回る資金の流通量も潤沢になるはず!ってのが量的緩和政策です。

 

(3)の役割について。政府は我々が銀行に口座を持っているように、日本銀行に口座を持っています。ということで

政府預金は政府が日銀に預けているお金

政府預金は銀行と日銀がやり取りする際に使う口座

の二点を確認しておいてください。

政府預金とは何ですか? その預金に利息は付きますか? : 日本銀行 Bank of Japan

 

が市場に貨幣を流通させる貨幣創造のプロセスに話を戻しましょう。

三つの登場人物である普通の銀行と日本銀行(政府の銀行)と民間(市場)です。

 

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銀行はお金を持っていて、日本銀行国債政府が発行して、日本銀行が買い取ったもの)をもっています。

 

 

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銀行が日本銀行国債を買い取ります。そうすると銀行保有の日銀当座預金が政府預金に振り替えられます。(銀行と日銀がやり取りする際に使うのが日銀当座預金と政府預金だから)

 

 

 

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そうすると銀行は国債を持っていて、日本銀行はお金を持っている状態になります。

 

ここで政府が公共事業などで民間に小切手を渡して仕事を依頼します。ここでいう小切手とは「貰った民間の方はこれをお近くの銀行にもっていってお金貰ってね!銀行はこの小切手来たら日本銀行に連絡してね!」みたいなものと思ってください。政府小切手(官庁が振り出した小切手)による現金のお受取りについて : 日本銀行 Bank of Japan

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ということで民間は銀行に持っていきお金をゲットします。

といっても銀行は自分が持っているお金を渡すのではなくて、民間の通帳に〇〇円と書くだけ

これが貨幣創造の瞬間

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 そして銀行は小切手の請求額に基づいて日本銀行に対して取り立てを実行します。

 ということで政府預金から該当額を銀行当座預金に振り込みます。

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ここで最初のほうのイラストを見てみましょう。

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…民間にお金が流れて、銀行にもお金が戻ってますね。ということは銀行はまた国債を買うことで今起こったプロセスを繰り貸すことが出来ます。

つまり理論的には無限に続き得る政府の支出が、民間の貯蓄になっている。

 一言でいえば誰かの借金は誰かの資産。つまり国の借金は民間の資産になる ということです。

あくまで理論上の話であり、無限にやるべきとか極端なことではなく日本がデフレを脱却して経済成長を遂げる程度にやるべき という話をご了承ください。 

 

このお話をイラストでまとめると以下のようになります。

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「日本の未来を考える勉強会」ー貨幣と経済成長ー 平成30年3月7日 講師:評論家 中野剛志氏 - YouTube

 ↑引用元 38分辺り この動画は現代貨幣理論を理解するのにうってつけです。

 

【三橋貴明】国家のお金の発行と国債発行の仕組み | 「新」経世済民新聞

これもわかりやすいです。

SNSがもたらす個の変化

Twitterしかやってなかった人間が周囲からの勧めで✨インスタグラム✨なるものをインストールしてみたところ、言い知れぬ不安を感じてそこを突き詰め、敷衍して色々考えてみたのでここにまとめておく。Twitterはみんなしょーもない日常を書き込んでたのに、インスタみたらみんなキラキラしてた。インスタ怖いね。Twitter最高。

 

それはさておきテーマとしてはSNSがもたらす個の変化を自分なりに考察してみたい。

 

そもそも前提として「個」はあくまでも指向性を決定するだけで、情報を独立に生み出すことはなく周囲の情報を指向性に基づいて統合・処理することで一瞬一瞬で絶えず「個」が再構築されていくものだと思っています。ここでいう周囲は自分が接している外界全てを指すし、情報も自分が接しているもの全てから得られるものというかなり広い意味です。

 

それですごくざっくり言えば現実世界でのコミュニケーションとSNSでのコミュニケーションの差は情報の離散化と局所的な再構築だと思う。

 

発信側としては発信したい情報だけ発信するし、受信側としては他の人が発信したいと思った情報しか受け取れない(情報の離散化)

そしてSNSの特定のコミュニティ(コミュニティも自分で取捨選択して構築できる)の中でその発信した情報に対するフィードバックを受け取って、その情報によって自己とそれを取り巻く環境が規定される(局所的な再構築)

 

現実世界で人とコミュニケーションを取る時には、互いの立ち振る舞い・互いのフィードバック・全く関係ない周囲の情報(匂い・雑音)etc…がコンテキストとして存在するけれどSNSでは

デ〇ズニーなう🐀

みたい発信者側が伝えたい情報だけがダイレクトに伝えられることになる。

当然現実世界でも情報発信側は言いたいことをいうようにするし、受信側は受け取りたいように受け取ることがある。それでもSNSでは現実世界に比べて、エッジが効いた情報が発信されてるだろう。つまり0or1ではなく程度の問題。

 

局所性にしても現実世界と比べてボタン一つで「ブロック」出来てしまうSNSは自分で取捨選択して環境を創れてしまう。そしてそのある意味では「整った」局所的なコミュニティーの中での情報のやり取りを通して自分を再構築してしまう。周囲が☆キラキラキャンパスライフ☆を送ってるように見えてしまえば、環境と自分の差に苦しむでしょうし、それが所謂SNS疲れなんじゃなかろうかと。

現実世界でも当然世界全体と関わるなんて不可能だから局所性はあるけれど、SNSだと局所性が強くなる。

 

SNSは平常時に比べて情報が離散化され過ぎるし、局所性が高過ぎる。どちらもあくまでも程度の問題です。

 

 

 それらを踏まえて、自分が再構築される流れを整理して考えてみると以下みたいな感じ。

  1. 周囲から情報を受け取る
  2. 自分のなかでそれらの情報を統合・処理する
  3. 新しい自分が形成される
  4. 自身も情報を発信する
  5. 周囲も1~4の過程を経て変化する
  6. 以降1~5の繰り返し

 

ってこれ考えててふと思った

ニューラルネットワークの式を参考に定式化できるんじゃないか?

知識がどうつながるか分からないもんだね。

 次回(出来たら)ニューラルネットワークの式を参考に個の変化をモデル化してみる。 

 

でもとりあえず今回のまとめとしては

SNS情報の離散化と局所的な再構築が起こりやすい。以上です。

 

SAKANAQUARIUM2019の感想

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SAKANAQUARIUM 2019 (834.194) 6.1ch Sound Around Arena Session in幕張メッセに参加してきました。

(6.1chって何?って人はsakanaction 2019へ)

しかも4/6.7の2日とも。

サカナクションには新宝島でハマり始め、SAKANAQUARIUM2017に参加して完全にトリコになった。2018年のツアーの魚図鑑ゼミナールは8回応募して全部見事に外れて、そんなことがあったので今回はダメもとで応募したのだけど二日とも当たってくれた。幕張メッセのキャパ素晴らしい。

4/6はレギュラーBLブロック3000番台で、4/7はスペシャルCブロック7000番台。

2日間参加したライブレポ的なのをやっていきたいと思います。

 

本題の感想に入るとすると、素晴らしいの一言に尽きる

まずもう会場がオシャレ過ぎる。待機時の会場自体が海の中に入ってるような雰囲気を作られてる。お魚になっちゃう🐟

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参加者層もオシャレ。カップルが多い。あとライブ中の治安が良い。押し合いなんてありえなかったし。

スピーカー300本に囲まれて、文字通り音に包まれて低音もどんどん体に響く。2日目はCブロックなので後方の位置だったけどそれでも最高の音を満喫できる。そう、6.1chサラウンドならね。

 

今度こそライブそのものの感想に入りたい。

セプテンバーで始まり、セプテンバーで締めるって構成が山口一郎の言うところの

「変わらないままで変わる」ってのを本気で体現しようとしているんだなってのが伝わってくる。この言葉もなんか凄いすき。

今回は新アルバム発売前ということもあって新曲多めだったけど新曲でもノレてしまうのが恐ろしい。早くアルバムを買って聞きまくりたい。

帰り道ずっとマイノリティーって掛け声とピーナッツが頭の中から離れなくて困った。

1日目のMCタイムでは「歌詞が書けなくて発売延期…」的なことで

2日目のMCタイムでは「歌詞は書き終えてあとは録るだけ」って言ってた気がするんだけど、まさか1日目の夜に歌詞を書き終えたんだろうか…

 

セトリも素晴らし過ぎる。テンションいきなりぶち上げられたとおもったら、じっくり聞かせられて、またぶち上げられる。

INORI→SORATO→ミュージック→新宝島アイデンティティ→多分、風。

のぶち上げ方はもはや卑怯。

1日目は比較的近くて聞いていたこともあって、ミュージックの時のシャボン玉(?)の演出でなんか感動しすぎて泣きそうになった。

ラストのグッドバイでもスタッフロールを見て、今まで「チームサカナクション」が積み上げてきたものとかに思いを馳せてたらまた泣きそうになってしまった。

最初のうちは前のスクリーン途切れてて見づらくない?って思ってたけど、セプテンバーで各スクリーンに834.194が一文字ずつ表示されたときはカッコよすぎて鳥肌立つかと思った。

 

サカナクションのライブは忘我と陶酔を味わえる。曲自体ノレるし、山口一郎も踊りを煽るし、周りの皆もそれぞれ自由にノッてるので、めちゃくちゃにノッて自分のリズムで踊るのが心地良い。普段の自分を脱却して踊りまくるってのはまず間違いなくライブじゃないと味わえないし、6.1chサラウンドのお陰でどこにいても最高の音。会場が一つになる。最高のサウンドと演出に包まれて「自分は今、中にいる。」ってふとした瞬間に思った。これ以上細かく言語化するのは難しいけど自分にとってはその言い回しが腑に落ちた。

 

 このライブは間違いなくサカナクションのコンセプトである音楽ソフトのプロダクトとしての価値の拡張」を体現していると思えるし、この空間の素晴らしさを是非皆に体験してほしい。“音の変態”サカナクション 山口一郎が『関ジャム』で明かした、チームへの愛とサウンドのこだわり|Real Sound|リアルサウンド テック

大げさに言わせてもらうなら「ライブ」に行くんじゃなくて、「音楽への挑戦」を見に行くつもりで。

MCタイムで2日とも「これからは自分たちの中のハードルを越えることに注力していく」という旨の事を語っていたけれど、チームサカナクションが自分たちの中のハードルを越えたときは、間違いなく素晴らしいものが出来ると期待しているし信頼できる。そんなチーム。いっぱい告知あったけど、どれも行ってまた自分を驚かせてほしい。

 

 そういえば帰りの電車でサカナクションカルトクイズを見てたら2013年のライブでスピーカー228本で計4万人動員しても大赤字。ってあったけれど(6:30ぐらい)


第一回サカナクションカルトクイズ決勝 #3

 今回はスピーカー300本越え…どこまで音の変態を極めるんだサカナクションは。赤字で破産とか嫌だからチケットをもっと高くしてくれていいのに。それだけの価値はあるし絶対買って応援するのに。

 

勢いのままに書いたら2000文字越えたし、26時過ぎてく~♪って感じなのでこの辺で。

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タオルで顔隠したらいい感じになったお気に入りの一枚。

ちゃんとグッズもたくさんかったし、今更だけどサカナクションのファンクラブに入会したので今後もサカナクションの先鋭的な取り組みに期待していきたいです。

 

ブックレビュー『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』

 今回紹介するのはこの『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』という本。

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する (NHK出版新書 569)

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する (NHK出版新書 569)

 

 

この本を知るきっかけになったのはNHKの「欲望の哲学史」という番組。

www.nhk-ondemand.jp

番組自体非常に分かりやすく、近代哲学の流れとどういった時代の背景から生まれてきたかも含めて知ることが出来た良い番組だったので是非見てほしい。自分は何回も見返した。

(欲望の哲学史で検索するとDaily motionが出てきた…これ以上は何も言わない)

 

本書に話を戻すと、この本は大まかに三章構成で

1章はマルクス・ガブリエルが日本をぶらつきながら「日本を哲学」し

2章は哲学史を解説(番組のほうはここの部分の抜粋にあたる)

3章はロボット工学者の石黒浩さんとの対談

という感じ

 

全体にわたって口語体で、内容もある意味では雑然としていると言える。だからこそ「生きた哲学」を体感することが出来る。2章を通してより分かりやすく哲学の流れを俯瞰することが出来るし、TVの内容と比べることで映像媒体と紙媒体の差異を実感できた。3章の対談では内容もさることながら、個人的にはディレクターや脚本家も議論に参加しているのが印象的だった。

 

哲学に対して「お堅い」とか「役に立たない」って思っている人にこそ読んでみて、哲学の前線に触れてみてほしい そう思える一冊でした。

現代貨幣理論(MMT)を理解する為に①

 ここの所

MMT(Modern Monetary Theory、現代貨幣理論)

が盛り上がっているようです。

 

jp.reuters.com

 

けど色々誤解されている点が多いかな?とネットの反応を見ていて思ったので、以前MMTに関する記事を書いた立場から色々モノ申したいと思います。

自分自身の立場としてはMMTを完全に理解できているわけではないし、信奉しているわけではないです。ただきちんと議論・精査した上で良いところを取り入れるぐらいには値すると思っています。

そして貨幣論独習者で主流派経済学はまともに勉強できていません(いつかはちゃんとやらないとね)

 

cobaltic.hatenablog.com

 

 

まず現代貨幣理論を理解するうえで大事なポイントは以下のものだと思っています。

 

・貨幣自身に本質的な価値はなく、価値の媒介者として流通することが存在意義

・貨幣を発行できる立場の国を我々のスケールで考えるのは間違い

 

というわけでネットで見られた意見を適当にかいつまんで自分なりの考えを示したいと思います。

 

   1.現代貨幣理論は主流派経済学者から見たら異端の考え方

→主流派経済学の考え方は商品貨幣論(貨幣そのものに価値がある)であり、現代貨幣理論は信用貨幣理論(貨幣そのものには価値がない)という点でも貨幣の起源など根本から違う。いわば主流派経済学がきちんと考えていなかった「貨幣の本質」に踏み込んだのが現代貨幣理論。 

 

   2.じゃあ国債発行しまくれば無税国家もできちゃうの?

 →理論上は可能。ただし貨幣が市場に溢れてハイパーインフレに突入するからダメ。市場に過度の貨幣が流通したら税で徴収し、国債返済に充てるなどして適度なインフレ(経済成長)を起こす。

 

   3.いくらでも借金していいって明らかにおかしい

→あくまでも「インフレにもっていく為には財政赤字も容認する」というスタンスで考えたほうがいい気がする。インフレが過熱し始めたら税収として徴収しそれを国債返済に充てれば良いのです。

こんなのハイパーインフレまっしぐらのとんでも理論だ!って意見もあったけどそれも、そこまでやれとは言ってないの一言。あくまでもデフレ脱却のために一時的な財政赤字を容認するってだけです。

あと借金=ダメというのは我々の感覚であって

①貨幣に本質的な価値はない 流通することが大事

②国家は貨幣を発行できる立場

ということを考えるべき。2の反応と同じく、理論上の部分を過度に取り上げられている。

 

   4.でもアベノミクスうまくいってないじゃん

アベノミクスは現代貨幣理論に基づいていない。多分だけど量的緩和政策を指して言ってるんでしょうけど

量的緩和政策の概要は

日本銀行が市場の金融機関から国債を買う

②日銀当座預金(金融機関が預金の引き出しに備えて日本銀行に預けているお金)が増える

③金融機関は日銀当座預金に余裕があるのでそのお金を低金利で企業に貸し出すようになる

④景気回復

という流れを狙っていたはず。

 

これは銀行における貨幣創造プロセスを間違った捉え方をしているから。あくまでも貨幣創造のプロセスは借り手がいれば貨幣を創造されるのであって、元手に基づいて貨幣を貸しているわけではない。つまりインフレが起これば日銀当座預金が増えるのであって、日銀当座預金が増えればインフレが起きるとは限らない。

 

というかそもそも、せっかくお金を市場に増やしたとしてもデフレ下には違いないのに増税(市場からの貨幣徴収)しようとしている時点で現代貨幣理論には基づいていないと思う。

 

 

   5.MMT(Modern Monetary Theory)は現代”金融”理論じゃなくて現代”貨幣”理論と訳すべきでは?

→同意。あくまでも貨幣の本質の追求を出発点としているはず。

 

 とりあえずこんな感じですかね。4の所でじゃあどうやって市場に貨幣供給したらいいの?ってのはまた改めて書こうと思います。

 

cobaltic.hatenablog.com

 追記 書きました

北海道雪中行軍まとめ

2/17~2/21で北海道に旅行してきました。
 そのまとめ。
このブログはセコマのBGMでも聞きながら読んでください。
 

 

 

それぞれの日でのアクティビティ

1日目 北海道雪中行軍Day1 - 徒然日記

東京→札幌→祝津→小樽→札幌

・海鮮丼

・小樽観光

スープカレー

徒歩移動距離 20.3km

歩数 34648歩

 

2日目  北海道雪中行軍Day2 - 徒然日記

札幌→旭川→札幌

旭山動物園

ジンギスカン

徒歩移動距離 11.6km

歩数 20554歩

 

3日目  北海道雪中行軍Day3 - 徒然日記

札幌→定山渓→札幌

定山渓温泉

・お寿司

徒歩移動距離 15.7km

歩数 24009歩

 

4日目  北海道雪中行軍Day4 - 徒然日記

札幌→帯広→札幌

豚丼

ばんえい競馬場

・スイーツ

徒歩移動距離 14.5km

歩数 23988歩

 

5日目   北海道雪中行軍Day5 - 徒然日記

札幌→新千歳空港→東京

・ラーメン

・お土産購入

徒歩移動距離 9.9km

歩数 16386歩

 

総徒歩移動距離 72.0km

総歩数 120035歩

 

北海道雪中行軍のタイトルは伊達じゃなかった。 

 レンタカーを借りることを強くおすすめいたします。

 

持ち物および服装

安定のバックパック旅行なので必要最小限の荷物で。 

防寒着としてはニット、手袋、ネックウォーマーだけ。

ニットが非常に役に立ったのでお勧め!耳寒いよ!

 

着替えで荷物多くなるのは嫌だったので、ユニクロヒートテック超極暖を買って、その下にエアリズムを着てました。おかげで着替えとして持って行ったのは

エアリズム、パンツ、靴下 をそれぞれ2着だけ。3日目に洗濯という手段をとることで非常にコンパクトに済みました。

寒いとはいえ室内だったり、移動中は厚いのでその点でもエアリズムを着たのは正解でした。分厚いのを着るってより、そこそこのを何枚かで体温調整するのが良い気がします。

 

今回の旅の予算

交通費

往復航空券 11880円

旭山動物園入園券+往復バスセット 4700円

定山渓日帰り温泉+往復バスセット 2000円

帯広往復バス 7160円

イカチャージ 3000円

合計 28740円

 

食費

海鮮丼×2+ニシン 6288円

スープカレー 1170円

ジンギスカン 3000円

羊蹄山パフェ 1800円

お寿司 2000円

豚丼 1100円

味噌ラーメン 850円

デザート系 1737円

その他 2867円

合計 20812円

 

お土産

旭山動物園ガチャ 500円

ルタオ ドゥブロフロマージュ 1728円

白い恋人 1522円

合計 3750円

 

総計 53302円

 

海鮮丼奢ったり本棚製作労働した代わりに、友人宅に泊めてもらって宿泊費が浮いたのがデカイっすねぇ。

交通費と食費だけで済んだ。

 飛行機は春秋航空のお世話になりました。

春秋航空日本公式サイト—航空券の検索、航空券の予約、特典チケット、割引チケット、海外格安チケット、LCC

 

旅の所感とか

でっかいどうマジでっかいどう

本当は流氷砕氷艦ガリンコ号とかに乗って流氷見に行きたかったし(https://o-tower.jp/sp/)、ゴールデンカムイ聖地巡礼もしたかったし、キタキツネとタヌキが見られる北きつね牧場(http://kitakitsune-farm.com/contact/)にも行きたかったんですよ。しかしいかんせん広すぎた。

時間をたっぷりとって一周するか、二泊三日とかで本当に行きたいところ絞っていくみたいなスタイルのどっちかの気がする。

 

道内航空機ガチャ

でっかいどうを快適に移動するための道内航空機ガチャとかいう裏技があるらしい

スカイメイト - JAL国内線

 JALスカイメイトという制度を使うと、当日券に空きがあればかなりお安く移動できる。自分が調べたときは札幌の丘珠空港から帯広・釧路は5000円で行けました。しかも航空機だからめちゃ早く移動できる。

ただ当然当日に空席が無かったら使えないし、片道なので遠くに行っても帰る手段は分からない、実際に空港にいって買わないといけないなどのデメリットが。

4日目に空港行ってこれやろうと思ったけど5日目に帰りの飛行機予約してたので流石に怖くてやめました。

というかこれ道内に限らずできますね。そういう旅もよさそう。

 

北海道特有のやつ

セコマには絶対行きましょう。ホットシェフを食べよう。ガラナも飲もう。

セコマが恋しい。

 

あと札幌では地下歩道がめちゃくちゃ発達しているので活用すると快適に移動できる。

ふと思ったけど歩きながらスマホしている人は全然いなかった。寒いしな。

イヤホンをつけている人もあまり見なかった気がする。それは何故かよく分からない。

 

気温的に行った時期は丁度良かった気がする。寒すぎず、暑くなく。

途中から気温上がってきて日中は0度超えるって聞いて、喜んでいたけれど大間違いだった。雪が解けて路上はぐっちょぐっちょになるので最悪。

3月とか行こうとしている方はそういうのも覚悟していったほうが良いかと。

 

旅の所感

一言でいえば良いところだった。ご飯は美味しいし、雪景色は綺麗だし。

ただデカすぎたのでまだ行けてないところがあるのでまた行きたい。

ガリンコ号乗ったり、今度こそばんえい競馬見たり、キタキツネ牧場行ったり。

はたまた冬にスノボしにいくか、夏にサイクリングに行くか。最高ですね。

セコマも最高だし。

 みんな北海道いこうな!